お子さんが学校に行けなくなって、どんな言葉をかければいいのか迷っている方もいるのではないでしょうか。
「学校に行きなさい」と言っていいのか、そっとしておくべきなのか、答えが見つからずに悩んでしまいますよね。
- 「学校に行きなさい」と言っていいのか
- 何を話せばいいのかわからない
- 行けない理由を聞いてもいいのか
- 子どもの気持ちがわからない
この記事では、学校に行けなかったころに両親からしてもらってうれしかった声かけや接し方と、学校で言われてしんどかった言葉を、子ども側の目線でお伝えします。
わたしは親ではないので「こうするべき」とは言えませんが、「子どもの側はこう感じていた」というひとつの例として読んでもらえたらうれしいです。

子どもが学校に行けなくなってから、何を話しかければいいのかわからなくて…。

わたしの両親は、特別なことは言わずに「いつも通り」でいてくれました。そのときのことをお話ししますね。
不登校の高校生だったわたしと家族

声かけの話をする前に、当時のわたしと家族のことを少しだけお話しさせてください。
わたしは全日制高校に通っていましたが、だんだん学校に行けなくなり、そのあと通信制高校に移りました。
学校に行けなかった間、両親はずっとわたしを見守ってくれていました。
母・父との3人家族
わたしの家族は、母と父とわたしの3人家族です。
この記事では、母と父をまとめて「両親」と書いているところもあります。
学校に行けなかったころ、家で一緒に過ごしていたのはこの両親です。
保健室登校をしていた2年生
2年生のとき、わたしは保健室登校をしていました。
単位のこともあって、2年生のころは「もう少し頑張ろう」と、むしろ無理をして通っていました。
11月から家で過ごした5か月
11月に「もう頑張れない」と感じて、通信制高校に移ることを決めました。
それから4月に転入するまでの間は、全日制の学校には行かず、家で休んで過ごしていました。
この間も、両親の接し方は変わらずいつも通りだったんです。
ありがたかった「いつも通り」

学校に行けなかったころ、両親がわたしにしてくれたのは、いつも通りに接することでした。
それが、わたしにはすごくありがたかったです。
ここでは、その「いつも通り」が具体的にどんな様子だったのかをお話しします。
起きるまで待っていてくれた朝
朝は、わたしが起きるまで待っていてくれました。
母から聞かれるのは、「今日はどうする?」くらいでした。
家で学校の話をした記憶は、ほとんどありません。
学校とは関係ない普段の会話
家の雰囲気が暗くなりすぎないように、両親は気遣ってくれていました。
具体的には、いつも通り、学校とは関係ない話をしてくれていたんです。
腫れ物扱いも心配しすぎもない距離
両親は、わたしを腫れ物のように扱うことも、必要以上に心配することもありませんでした。
普段通りに接してくれたことで、わたしは少し落ち着けた部分もありました。
聞かずに見守ってくれた両親

両親は、学校のことや行けない理由を、わたしに無理に聞いてくることはありませんでした。
「学校に行きなさい」と言われたことも、一度もありません。
言葉だけでなく、行動でも見守ってくれていたと感じています。

行く・行かないはわたしが決める
無理をして通っていたころも、学校に行くか行かないかは、わたしの裁量で決めさせてもらえました。
単位のこともあったので、両親は、わたしが多少は無理をしていると思っていたと思います。
行けない理由を深掘りしない
両親は、わたしが学校に行けない理由を、無理に深掘りしようとはしませんでした。
そのおかげで、わたしは安心できました。
部屋にこもるときは入ってこない
わたしが部屋にこもっているとき、両親は部屋に入ってきませんでした。
部屋に入ってこなかったことも、言葉以外の気遣いでうれしかったことのひとつです。
遅刻して行く日の母の送迎
遅刻して学校に行くときは、母が学校まで送ってくれました。
忙しい中、学校まで送り迎えしてくれたことにも、感謝しています。
しんどかった「明けない夜はない」

ここでは反対に、言われてしんどかった言葉についてお話しします。
それは家族ではなく、当時の担任の先生から言われた言葉でした。
励ましの言葉だったのかもしれませんが、当時のわたしには、しんどく感じてしまいました。
保健室で先生と2人のとき
保健室登校をしていたころ、先生と2人で話す時間がありました。
その中で言われたのが、「明けない夜はないから」という言葉です。
わたしは何も返せず、うつむいて小さく返事をすることしかできませんでした。
今のつらさに向いていないと感じた言葉
この言葉が、わたしにはすごくしんどかったです。
今つらくて苦しんでいることに対して、寄り添ってもらえていないと感じたからです。
心の中では、「今のつらさを考えてくれ」と思っていました。
ほしかったのは助言より寄り添い
振り返ってみると、当時のわたしがほしかったのは、つらさに共感してくれる言葉でした。
助言ではなく、寄り添ってくれる言葉なら、受け止められたと思います。
通信制を選んだときの両親の声かけ

通信制高校に移ると決めたとき、両親はわたしの選択を否定しませんでした。
学校探しから手続きまで、わたしが決めたことを支えてくれたのが両親です。
ここでは、通信制に移ると話したときの両親の様子を、順番にお話しします。
先に話したのは親
通信制高校に移りたいと決めたとき、わたしはまず両親に話しました。
学校の先生に話したのは、そのあとです。
「あなたが決めたことなら応援する」
わたしの話を聞いた両親は、「あなたが決めたことなら応援するし、サポートする」というスタンスでした。
細かい言葉までは覚えていませんが、否定されなかっただけでもよかったと思っています。
見学への同行と手続き
学校の見学には、家族と一緒に行きました。
見学では、母が生徒の考え方が多様なところに好印象を持っていました。
転入の手続きも、両親がサポートしてくれたんです。
選択を否定しないでいてくれたこと
見学や手続きのサポートもありがたかったのですが、何より大きかったのは、通信制に行くという選択を否定しないでいてくれたことです。
受験料に込められた母の心意気

通信制高校に移ったあとにも、母の言葉にすごくうれしくなったことがありました。
それは、大学受験の出願が迫ったころのことです。
学校に行けなかった時期とは少しずれますが、親に言われてうれしかった言葉として、お伝えしたい話です。
受験を諦めかけた出願前
通信制高校に通っていたわたしは、大学受験の出願が迫ったころ、受験を諦めようとしていました。
全日制の大学は受けずに、通信制大学だけを受けようと考えていたんです。
「それも一つだね」と受け止めた母
そのことを伝えると、母はその場で「そっか、それも一つだね」と言ってくれました。
細かいことまでは覚えていませんが、否定するような反応ではなかったと思います。
「親にできるのは受験料を払うことくらい」
そのあと、母が受験料について提案してくれました。
親にできるのは受験料を払うことくらいだから。
受けるかどうかは自分で選んでくれたらいいよ。
受けたくなったときに受けられないと困るからね。
母は、全日制大学と通信制大学の両方の受験料を出してくれました。
全日制大学も通信制大学も受けられた
結果的に、わたしは全日制大学を受け、通信制大学も受けました。
母の言葉からは、わたしの将来を真剣に考えて、幸せになれるように精一杯サポートしてくれていると思えました。
その心意気が、すごくうれしかったです。
心配を表に出さずにいてくれた両親

両親は、心配している様子をわたしの前ではあまり表に出しませんでした。
それでも、両親が心配していることには、当時のわたしも気づいていました。
ここでは、そのころのわたしの気持ちと、今だから伝えたいことをお話しします。
いつも通りの振る舞い
心配だったと思いますが、両親はそれを表に出さず、いつも通りに振る舞ってくれました。
今だから伝えたい「ありがとう」
今、両親に一言伝えるとしたら、こんな言葉になります。
心配だっただろうけど、それを表に出さず、いつも通り振る舞い、見守ってくれてありがとう。
そうやって見守ってくれたことに、わたしは今、感謝しています。
元生徒として伝えたいこと
最後に、子どもの側から、お子さんのことで悩んでいる保護者の方に伝えたいことがあります。
お子さんが心配だからこそ、あれこれ言いたくなるかもしれません。
まずは、お子さんが「お母さん・お父さんになら話せそう」と思えるように、いつも通り振る舞いつつ、「あなたの味方だよ」という雰囲気を作ってあげること。
それが、学校や将来について話し合う一歩になるのかな、と個人的には思います。
お子さんに無理強いするような言葉をもう言ってしまった、という方も、自分を責めないでほしいなと思います。
これはあくまで、わたしの家族の場合です。
正解があることではないので、参考程度にお考えください。
不登校の声かけのよくある質問

ここからは、保護者の方が気になりそうな声かけの質問に、わたしの体験からお答えします。
どれもわたしの場合の話なので、お子さんによって感じ方は違うと思います。
気になる質問から、気軽に読んでみてくださいね。
「学校に行きなさい」と言ってもいい?
わたしは、両親から「学校に行きなさい」と言われたことは一度もありません。
行くか行かないかは、わたしの裁量で決めさせてもらえました。
言ったほうがいいかどうかはわかりませんが、わたしの場合は、自分で決めさせてもらえる環境でした。
行けない理由は聞いたほうがいい?
わたしの両親は、行けない理由を無理に深掘りしようとはしませんでした。
深掘りされなかったことで、安心できたのを覚えています。
朝はどんな声かけをされていた?
朝は、わたしが起きるまで待っていてくれました。
母から聞かれたのは、「今日はどうする?」くらいです。
励ましの言葉がつらく感じることはある?
わたしの場合は、ありました。
先生に言われた励ましの言葉が、今のつらさに寄り添ってもらえていないように感じて、しんどかったです。
そのころのわたしは、助言よりも、つらさに共感してくれる言葉がほしかったです。
通信制の話は誰から切り出した?
わたしの場合は、わたしから両親に話しました。
学校の先生に話したのは、そのあとです。
両親は、「あなたが決めたことなら応援するし、サポートする」というスタンスでした。
まとめ

この記事では、学校に行けなかったころに両親がしてくれた声かけや接し方を、わたしの体験からお伝えしました。
- いつも通りに接してくれた両親
- 起きるまで待ってくれた朝
- 行けない理由を深掘りしない
- 行く・行かないはわたしが決める
- 通信制に行く選択を否定しない
- ほしかったのは寄り添う言葉
わたしの場合は、両親がいつも通りに接してくれたことが、すごくありがたかったです。
何を話せばいいか迷ったときに、この記事が少しでも参考になればうれしいです。
