お子さんが学校に行けなくなってから、毎日気持ちが休まらず、疲れてしまっている方もいるのではないでしょうか。
子どものことで頭がいっぱいで、自分のための時間なんて考えられない、という方もいると思います。
- 子どものことで頭がいっぱい
- 自分の時間を取るのは気が引ける
- 気持ちが休まらない毎日
- 疲れているのに休めない
この記事では、学校に行けなかったころに、疲れていた母を見てわたしが感じていたことをお伝えします。
あわせて、母が自分の時間を楽しむようになって、家の雰囲気がどう変わったのかもお話しします。
わたしは親ではないので「こうするべき」とは言えませんが、子どもの側のひとつの例として読んでもらえたらうれしいです。

子どものことが心配で、自分のことは後回しの毎日です。正直、少し疲れてしまって…。

わたしの母も、当時はわたしのことをずっと気にかけてくれていました。子どもの側からどう見えていたのか、お話ししますね。
家を安心できる場所にしてくれた母

母の疲れについてお話しする前に、学校に行けなかったころのわたしと家族のことを、少しだけお伝えさせてください。
わたしは全日制高校に通っていましたが、だんだん学校に行けなくなり、そのあと通信制高校に移りました。
つらい時期でしたが、そのころのわたしにとって、家は気を張らずに過ごせる安心できる場所だったんです。
母・父との3人家族
わたしの家族は、母と父とわたしの3人です。
両親は、学校に行けなくなったわたしに「学校に行きなさい」と言うことはありませんでした。
この記事では、とくに母の様子について、わたしが感じていたことをお話しします。
無理をして体調を崩した2年生
2年生のころのわたしは、まだ回復しきっていないのに、勉強をがんばろうとしてしまいました。
その結果、すぐにまた体調を崩して、すごく落ち込みました。
苦しくて、親の前で泣いてしまったこともあります。
泣いたときはそっとしておいてくれた母
わたしが泣いていたとき、母はそっとしておいてくれました。
当時のわたしは、それをありがたいと感じていました。
母は、わたしがつらい思いをしていることに気づいていたんです。
家では気を張らずに過ごせた日々
母からは、「家だけは安心して過ごせる場所にしよう」という気づかいが伝わってきました。
そのおかげで、家では気を張らずに過ごすことができました。
わたしは、それがすごくありがたかったです。
子どもから見えていた母の疲れ

家を安心できる場所にしてくれていた母ですが、わたしの目には、だんだん疲れているように見えるようになりました。
仕事も家事もいつも通りこなしながら、気持ちの面ではずっとわたしのことを気にかけてくれていたのだと思います。
ここでは、子どものわたしから見えていた母の様子をお話しします。
顔に出ていた母の疲れ
わたしが学校に行けなくなってから、母は少し疲れた表情をすることが増えました。
子どもながらに、そのことに気づいていたんです。
もともと少なかった母1人の時間
母は、もともと1人で出かけることが少ない人でした。
わたしが学校に行けなくなる前も後も、母の行動そのものは大きく変わっていなかったと思います。
それでも、母が自分のための時間を取っている様子は、あまり見えませんでした。
行動は同じでも心は休まらない母
今振り返ると、母は心配しすぎて、気持ちの面で疲れていたのかもしれません。
わたしが不登校気味になってから、母はわたしの人生を、自分の人生のように大事にしてくれていたように見えました。
その分、母が自分の幸せを大切にできていないのではないかと、わたしは考えるようになりました。
親の疲れに気づいた子どもの気持ち

疲れている母を見て、わたしが感じていたのは「申し訳ない」という気持ちでした。
ここでは、母の疲れに気づいていたわたしが、どんな気持ちで過ごしていたのかをお話しします。
母を責めたいわけではなく、子どもの側はこう感じていたというひとつの例として読んでもらえたらうれしいです。
いちばん強かった「申し訳ない」
申し訳ないという気持ちがいちばん強かったのは、母が疲れている様子のときでした。
母の疲れた様子を見ると、わたしの気持ちもさらにしんどくなってしまいました。
「早く元気にならなきゃ」という焦り
母がずっと気にかけてくれていることに、わたしは少しプレッシャーも感じていました。
そのころのわたしは、早く元気にならないといけないと思っていたんです。
その焦りから、回復しきっていないのに勉強をがんばろうとして、また体調を崩してしまいました。
とにかく母に楽になってほしかった
申し訳ないと思う一方で、わたしはとにかく母に楽になってほしいと思っていました。
たまにはゆっくり休んで、好きなことをしてほしかったんです。
「自分の人生を楽しんで」という願い

母に楽になってほしいと思っていたわたしですが、「申し訳ない」という気持ちは口にしませんでした。
そのかわりに、「もっとお母さんにも自分の人生を楽しんでほしい」というようなことを、母に伝えたことがあります。
ここでは、そのときのことと、母の1人の時間についてわたしが思っていたことをお話しします。
口にしなかった「申し訳ない」
わたしは、母に「申し訳ない」とは言いませんでした。
口に出したら、母にも気をつかわせてしまうと思ったからです。
わたしは、とにかく母に楽になってほしかったんです。
言い方は覚えていないけれど伝えたこと
「もっとお母さんにも自分の人生を楽しんでほしい」というニュアンスのことは、母に伝えたと思います。
ただ、いつ、どんな言い方をしたのか、母がどう反応したのかは、覚えていません。
それでも、母に自分の人生を楽しんでほしいという気持ちは、ずっと持っていました。
たまの1人の時間ならさみしくない
もし母が1人で出かけることがあったとしても、たまになら、わたしはさみしくなかったと思います。
正直に言うと、それがあまりに頻繁だったら、さみしく感じたかもしれません。
それでも今は、当時の母には1人の時間も必要だったんじゃないかと思っています。
母が趣味を楽しみ始めて変わったこと

通信制高校に通っていたあいだ、母の様子は大きくは変わりませんでした。
変化があったのは、わたしが大学生になってからです。
母が自分の趣味を楽しむようになったことで、家の中の空気が少しずつ変わっていきました。

大学生になってからの母
わたしが大学生になってから、母は自分の趣味を楽しむようになりました。
趣味の内容はここでは書きませんが、母が自分のために使う時間ができたことが、わたしにはうれしかったです。
明るくなった母の表情
趣味を楽しむようになってから、母の表情が明るくなりました。
見ていて、「なんか楽しそうだな」と感じるんです。
軽くなった家の雰囲気とわたしの気持ち
母が楽しそうにしていると、家の雰囲気も軽くなった気がします。
それにつられるように、わたしの気持ちも明るくなりました。
わたしが母に与える影響が大きいことはわかっていますが、母自身にも、自分の人生を自分で楽しんでほしいと思っていました。
元不登校から疲れた親に伝えたいこと

ここまで、疲れていた母を見て感じていたことと、母が楽しそうになってからの変化をお話ししてきました。
そのうえで、子どもの側から、疲れている親御さんに伝えたいことがあります。
どれもわたしの場合の気持ちなので、ひとつの例として受け取ってもらえたらうれしいです。
やりたいことに時間を使っていい
当時の母に、今のわたしが伝えるとしたら、こんな言葉になります。
もっとお母さんがやりたいことに時間を使っていいんだよ。
親が幸せそうだと、わたしもうれしいから。
子どもの立場からすると、親が自分の時間を楽しむことは、悪いことではありませんでした。
親が楽しそうだと子どももうれしい
わたしは、母が楽しそうにしている姿を見て、自分もうれしくなりました。
親が楽しそうだと、子どもの気持ちも明るくなることがあると、わたしは自分の体験から感じています。
母の表情が明るくなって、家の雰囲気が軽くなったのは、本当にうれしい変化でした。
自分を責めないでほしい
もうひとつ伝えたいのは、自分を責めないでほしいということです。
わたしの母がそうだったわけではありませんが、親が自分の育て方などを責めている姿は、子どもから見てもつらく感じてしまうものだと思います。
それでは誰も幸せにならないので、どうか自分を責めすぎないでほしいです。
親が疲れたときのよくある質問

ここからは、疲れている親御さんが気になりそうな質問に、わたしの体験からお答えします。
どれもわたしの場合の話なので、お子さんによって感じ方は違うと思います。
読みたいところから、気軽にのぞいてみてくださいね。
親の疲れは子どもに伝わる?
わたしの場合は、伝わっていました。
母の疲れが顔に出ているように見えて、子どもながらに気づいていたんです。
それだけ、お子さんを大事に思っているからこそ、親御さんも苦しまれているのだと思います。
親が1人で出かけると子どもはさみしい?
わたしの場合は、たまに出かけるくらいなら、さみしくなかったと思います。
あまりに頻繁だと、さみしく感じたかもしれません。
それでも、当時の母には1人の時間も必要だったんじゃないかと、今は思っています。
親が趣味を楽しむのは悪いこと?
わたしは、悪いことだとは思いません。
母が趣味を楽しむようになってから、表情が明るくなり、家の雰囲気も軽くなりました。
わたし自身の気持ちも明るくなったので、うれしい変化でした。
子どもが泣いているとき親はどうしていた?
わたしが泣いていたとき、母はそっとしておいてくれました。
当時のわたしは、それをありがたいと感じていました。
子どもは親に申し訳ないと思っている?
わたしは、疲れている母を見て、申し訳ないと思っていました。
ただ、それを口に出すと母に気をつかわせてしまうと思って、言わずにいました。
自分の育て方を責めてしまうときは?
わたしの母は、自分の育て方を責めてはいなかったと思います。
ただ、親が自分の育て方を責めてしまうと、子どもの側も苦しくなり、誰も幸せにならないとわたしは思っています。
まとめ

この記事では、不登校だったころに疲れていた母を見て、わたしが感じていたことをお伝えしました。
- 家を安心できる場所にしてくれた母
- 顔に出ていた母の疲れ
- いちばん強かった「申し訳ない」
- 母に楽になってほしかった気持ち
- 母が楽しそうだと家も明るく
- 自分を責めないでほしい
最後に、疲れている親御さんへ、わたしから伝えたいことです。
お子さんを大事に思っているからこそ、親御さんも苦しまれているのだと思います。
そんな親御さん自身が少しでも心を落ち着けて過ごせる時間を取れることを願っています。
わたしの場合は、母が楽しそうにしている姿を見て、自分の気持ちも明るくなりました。
声かけについては、別の記事で、両親にしてもらってうれしかったことをまとめています。
